Lambdaカクテル

ウェブアプリケーションエンジニアです.玉石混淆です.

日記

鴨川に関して

鴨川のほとりに同僚と連れ立って行く機会があった。涼しい風が水面を揺らして元の流れと混ざり、なんだか分からない模様になった。川に分かたれたそれぞれの河川敷でも、ゆらゆらとした時間が辺りに佇むそれぞれの人生の間で流れていた。土手に腰掛けたわれわれも、その時間をたゆたう存在になっていた。

同僚は京都の好きな所をたくさん語ってくれた。文化や風景、人々。京都を愛しているのだね。そう思った僕はあまり出歩かないので、同僚のことが羨ましくもあった。もうしばらく京都に住んでいたら、自分も京都の好きな所を語れるようになるだろうか。

そうぼんやりと考えていると、もやもやと灰色に曇っていた空からゆっくりと雨が降りはじめ、あたり一辺の空気を押し流していく。幕引きだ。家に帰り着く頃にはすっかり疲れていて、散らかった居室の様子に閉口した。

秋の訪れ

会社に行く途中でとんぼを見かけて、アスファルトが灼ける匂いに不釣り合いなものだなと怪しんでいたが、すっかり蝉の鳴き声が聞こえないことに気づいた。いま自分が感じている夏は、その置手紙に過ぎないのだった。

あまり夏らしいことができなかった。毎年そう思って寂しい思いになる。花火大会に行けたので、まあ今年は及第点だろう。スイカは、急いで買えばまだ間に合う。

仕事について

体調不良が長引いている。入眠薬があとを曳いているのか、熱せられて脆化した金属のような、ポロポロと崩れ落ちるような思考形態になっている。創造性を司る脳の中のどこかの部分が炎症を起こして、考えが結晶するのを妨げているような感覚。鈍い鉛の球が頭に入っているような感覚。

ごくたまに意識の全体が波で洗われるような、スキッとする時があって(突然認識の明晰さが澄み渡ったようになり)、精神的に正常な人間の感覚を思い出したりする。

ワケアリな人間を抱える労働を取り巻く全体がどうするべきなのかは、難しいことだと思う。