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好きな言葉

「編み出す」という言葉がある。同じような言葉は沢山あるが、「生み出す」とか「作り出す」とは違った気風があっていとしい。いうなれば、原始的な要素、例えば毛糸や亜麻の繊維*1を、これまた原始的な操作、つまり交差や結び付けといった堅い作業によって構成し、より高度で芸術的な意匠を浮かび上がらせる。しかも実際の糸やそこから生まれたものに限らず、手法や理論といったソフトウェアでさえ目的語になりうる。現実世界に頭の中身を「出す」というわけだ。それに「編む」という物質的な言葉がいつからか充てられていることは、まさにこの熟語自体があたかも「編み出された」芸術作品であるかのように思えてくる。ずっと宝箱の中に大事に仕舞っておいて、たまに手にとって光にかざしたくなるような出来の良さだ。自分はこの言葉とどんな未来を歩むのだろう?

「編み出す」には汗の匂いがある。自分で知恵を絞り考え抜いた先にある、単なる形ばかりのやっつけ仕事にはない、知的勇敢さが残光を発している。困難という山岳に面して進退谷ったとき、つい借り物の地図を片手に近道をしようとする。しかし待て。

だって、ハズレをたくさん引いて初めて良いものがわかるんだもの。

スマホからSNSアプリを消して4ヶ月 - チェコ好きの日記

そうなのだ。結果に妥協したくなければ、その思索の足取りに妥協してはならないのだ。とくにその帰趨がありありとさらけ出される、自分自身の問題では特にそうだ。ある選択をするのかしないのか。やるべきなのかやるべきでないのか。思うか思わないのか。これらについて回答することを検索エンジンは拒むだろう。あまりに個人的な問いだからだ。けっきょく、静かに内面と向き合って丁寧に疑問を泡立てていくことになる。まるでメレンゲを作るのに似ていると思った。今宵は夏なのに涼しい。

*1:まさに亜麻を指すlinenという言葉が糸を想起させ、さらに線という意味のlineに転じた