Lambdaカクテル

ウェブアプリケーションエンジニアです.玉石混淆です.

デモの何が気に入らないのか

日本のどこかでデモが行われている."共謀罪"に関するものだ.

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法に従い引用する.

国会で審議が続く「共謀罪」法案(組織的犯罪処罰法改正案)に反対する集会が16日、東京・日比谷野外音楽堂であった。「共謀罪NO!実行委員会」と「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」が共催し、参加者たちは「共謀罪は絶対廃案」「テロ対策とうそをつくな」と声を上げ、デモ行進した。

いくつかぼんやりと考えたので,考えを整理する機会として文章にしてみたい.私は法学系の学科を出たが,政治学は必要な程度にしか履修していないので,専門的な話はしない.あくまで個人の低強度な意見です.

選挙で公正に選ばれた政権とデモとは矛盾するか

「選挙で選ばれた政権に文句を言うのは不当だ」という態度について考える.言い方を変えれば,「デモではなく選挙で意思表示をするべきだ」という態度だ. 特に私はこういった態度をネットメディアで見かける.この主張は正しいだろうか.

主張について考えるために,以下に整理する.

  1. 政治的目的の達成のために
  2. 選挙によって成立した政権に
  3. 選挙制度によらない圧力をかけること

が不当だとみなされうる.

これらを総合して「選挙で選ばれた政権に文句を言うのは不当だ」という主張が成り立つ.考えを深めるために,この主張の隠れた前提を整理してみよう.

  • 選挙で選ばれた政権は,国民の意思である.
  • 国民は,国民の意思には従わなければならない.
  • したがって,選挙で選ばれた政権には,従わなければならない.

つまり「みんなで決めたことに従わないから」問題視されているといえそうだ.この感情はきわめて率直で共感を得られるものだ. いちいち理由付けするまでもなく,人間の本能的な発想だ.

ここに論点を絞ってみる.この発想は常に正しいだろうか.

完全な合意は可能か

「みんなで決めたこと」という言葉からは読み取れる思想がいくつもある.

  1. 「みんな」は,「決める」ことができる.
    • 共同体は完全な合意が可能である.
  2. 「みんな」は,もう「決め」ている.
    • 共同体の合意は,常に全員の合意である.
  3. 「決め」た事は正しい.
    • 共同体の合意は,共同体の構成員を束縛できる.
  4. 正しい事を変えてはいけない.
    • 「正しい事」の他に正しい事は出現しない.

1.が既に怪しい.数人で夕食を決めるならまだしも,少し人数が増えただけで完全な合意が難しくなることは誰もが知っているはずだ.

2.も信頼できない.大規模な意思決定では,欠席者が必ず発生する.

3.はルールがルールたる所以だが,日本の間接民主制でも同じ事が言えるだろうか.日本ではおおまかに,(a)国民が議員を選出し,(b)内閣総理大臣に最大政党の党首を据えることで衆議院による内閣の信任を保証し,(c1)内閣総理大臣は大臣を任命し,(c2)議会は立法を行い,(d)大臣の意思で行政権が強制力をもって法令を履行する.このため国民の意思はかなり間接的になる.

4.は明らかに間違っている.矛盾せずに「正しい」事柄はいくつもあるし,正しさを経済的な福利厚生で測定しようとしたら,何を中心に求めるかで正しさの度合いは変化する.

「みんなで決めたこと」という考えの支柱は,「みんな」の規模が大きなシチュエーションでは完全には機能しないことがわかった.

選挙による政権

そもそも選挙が必要な理由は,誰(もしくは何)かをいくつかの内から選ぶ必要があるからだ.つまりいくつも生えた枝を,数が減るまで刈ることだ. 買い物をするが如くより良い物を選ぶプロセスではなく,いくつかある内からなるべくマシな一つを選ばなければならないプロセスだ. しかもこの選択から逃れることはできない.みんなが決めたものを買わされるのだ.ここで生じるであろう不服を否定することはできない.

デモが認められる限度は,それが政治的な意思表示であって実力行使ではない程度だと思える.むやみに全てのデモを実力行使だとみなす態度を私はよく見かける.

デモを支持しない態度は何に由来するか

デモを見下すような態度を私はよく見掛ける.内容に対して敵対しているのかと最初は思っていたが,そうではないような気がする. 「自分には不可能な平日のバカ騒ぎをやっている」ことへのうらめしさと,「自分と異なる信条を大人数で展開している」ことへの恐怖に由来した敵意なのではないかと感じる.

デモ参加者のやたらとヒロイックな態度が目につく.これがデモへの心理的距離を開かせる一因になっていると感じる.国権を相手に集団で喧嘩しているとそういう気持ちになるのだろう.革新に求めるか共同体意識に求めるかという相違はあれど,歴史の先端に居るのだという態度は右派のそれと共通だと感じる.