Lambdaカクテル

京都在住Webエンジニアの日記です

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日曜日の空気

今日は日曜日.今まではゲームしたりコードを書いたりしていたが,今日はあまり難しい事をしない日にすることにした.

最近慢性的に疲れている気がして,どうしてなのかずっと探ろうとしてきたけど,あまり決定的な答えが出せずにいて,そうしたらたまたま今日起きた時に,心を落ち着ける時間を設けていないなあと自覚したので,今日はのんびりした日にすることにした.うまくいくようなら,日曜日はのんびりした日にする.

ソフトウェア書きについてまわる緊張感とか

プログラムを書くのは緊張感のある行為だ.きちんと動かすためには,意図通りに動かすためのソースコードを書かなければならない.それでもうまく動かなかったり,思わぬミスが埋め込まれてしまうこともある.そもそも自分が思い至らないような技術的選択というものもあって,僕は選択肢を知らないために選択することができなかったりする.それを後から指摘されたりして,腑甲斐無いと感じることもある.きちんと動くソフトウェアを作るためには,相当の抽象的な思考によってソフトウェアを正しく設計しなければならないというわけ.これがとりわけ疲れる.

ついでに,プログラムを書く上で問題になるのは,プログラムを書き上げるまでに必要になるであろう手数が,かなり推測しにくいということ.ギョーカイ用語では工数の見積りが難しい,というふうに表現する.人が求めているソフトウェアというのは柔軟で複雑であってプログラム言語と完全に一対一で対応するわけではないし,同じ作業をしなくていいように作るという側面もあるため,同じ作業というものは事実上無いので,こういう部品を作るにはこのくらいの時間がかかる,という指標があまり成り立たない.しかも設計や実装をする人間の技量によってかなり完成させるまでの時間にばらつきがある.

手数が予測できないとどうなるか.すぐ終わると思っていた作業に思いもよらない時間を奪われていき,だんだんくたびれていく.いつまでたっても終わらせられないという苦悩に心がチクチク痛むかもしれない.それが日常なので,僕のような一介のソフトウェア書きは,積極的にメンタルの回復を行わなければ,あっという間に壊れてしまう.

積極的なメンタルの回復は難しい.何もしなければゆっくり回復していくが,ソフトウェア書きというのは休日もコンピュータを触ってしまう生き物なので,うっかり家でも難しいことに手を染めてしまい,せっかくの休日が徒労になってしまうことがある.僕はそういうタイプだと自覚している.なのでたまにはソフトウェアから離れて,適当にゲームするくらいでいいし,もっとたまには何もしない日を作るべき,なのだろう.

何もしない日から得られたもの

本当に今日は何もしなかった.洗濯と掃除はやった.洗濯と掃除は何も考える必要がない.体を動かしていればそのうち終わるし,完了するまでの時間もばらつきがない.安心してとりかかれる.ついでにシャワーを浴びた.

最初のうちは焦燥感があった.有益な,生産性のある,インプットやアウトプットをしなければ,という焦りだ.それでパソコンの電源を入れたくなったり,スマホのニュースを見たくなったりする.だが,これは間違っている.焦燥から生まれたアウトプットははっきり言ってゴミだ.そして焦燥から取り込んだインプットもまたゴミだ.インプットやアウトプットは,知的体力のあるときに,自ら意欲をもってやるもので,不安にかられてやるようなものではない.

就職してからというもの,猛烈なアウトプットとインプットをやってのけるエンジニアが周りにゴロゴロいるので,自分もああしなければならないと思い込んでいたけれど,それも間違いで,自分が歩める道程とは,手の届く場所から,自分がやりたいときに,それができる環境を整えることだった.他人のインプットアウトプットを脅威に感じることはないし,自分のペースを貫こうと思った.私は私とだけ競争する.他人とは競争しない.

私は私とだけ競争するという態度によって,本棚の本も少し怖くなくなったし,イラストも少し怖くなくなった.読みたいときに読むし,描きたいときに描くのだから.

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