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Lambdaカクテル

ソフトウェア開発者です.玉石混淆です.

社会人の読書と価値と遊びにまつわるエッセイ

あまり共感してもらえないかもしれませんが,本の存在を察知して吐き気を催すことがあります.とくに,読まないまま机の脇に置いたままになっている「積ん読」のことを思い出したときがそうです.せっかくお金を出して手に入れた書籍を役立てること無く埃を被せている自分への不快感,もの言わず威圧的に居室の一角を占める紙の束が,まるで怒って牙を剥いているようです.

もっとも,書籍というのは他の媒体と同様,必ずしも自分にとって役立つものばかりではありませんし,役立てなければならないというものでもありません.しかし,ウェブサイトやテレビ番組といった他の媒体と比べるといささか,読み手に与える心理的プレッシャーは大きいようです.殊にそれが自分で買ったものであるときはなおさらです.自分がお金を出して買ってきたという現実が,ページという目に見える単位をめくるたびに,自分の心に重くのしかかってきます.できれば,小さい頃に絵本の読み聞かせをもっとせがんだ時のような,純粋に知的な好奇心に衝き動かされるままに本を読みたいのですが,社会人になってからというもの(あるいは,それを心のどこかで意識しだした学生時代のどこかから),まるで忘れ物を探すように本を読んでいる自分に気が付きます.

「社会人」という言葉は,「価値」という言葉と切っても切り離せない関係にあるように思います.人が誰かを社会人と呼ぶとき,社会が求める価値にみあった働きをせよ,と暗にその人は言っているわけです.ほとんどの社会人は価値の見返りに得られる賃金で生活しなければならないので,あらゆる所作に価値判断を差し挟まざるをえなくなります.僕の職域であるWeb系エンジニアは,価値に対する賃金の依存が強く(平たく言えば実力主義的で),価値を測るものさしの変化が比較的起こりやすい仕事です.このため,生活における価値判断の介入度合いも高まります.例えば,

  • この技術は役に立つのか?
  • この技術は残るか?
  • この知識は汎用性があるか?
  • この知識を知ることに意味はあるか?
  • これをすることは自分の価値を上げるか?

という半ば強迫的な自問自答に向き合うことを余儀なくされます.そしてコンピュータに関わる仕事をしている人はその多くがコンピュータ好きなので,プライベートでもコンピュータをいじって過ごしています.つまり,仕事とプライベートがシームレスにつながりがちで,例の価値判断という魔物がプライベートにも巣喰ってしまう土壌があります.僕は学生の頃から「ちゃんとした」人になろうという意識が高かったので,自ずと自己啓発書に引き寄せられていき,頭の中が「価値」に占められがちになってしまったように思います.

ところで,「価値」の対極は何だと思いますか? 僕は「遊び」なのかな,と思います.無価値を否定しない,何の役に立つかわからないものにも是と言う態度を僕は忘れがちです.生産性,キャリア,目的,立派といった言葉で窒息して身動きがとれなくなったことが何度もありました.その体験を通じてなんとなく分かってきたのは,「価値」という概念は,人間のありようのうち,ほんのわずかな箇所しか照らし出さないということです.だれにでも,価値という照明では陰になって見えなくなってしまう,重要で美しい色彩があります.そのことが,本をめぐる吐き気と向き合ってわかってきました.

価値判断の呪いからはすぐには逃れることはできそうにありませんが,そのような心理を作ってしまうことをできるだけ回避しようとする努力はできそうです.そもそもこの不安は,生きていけなくなるという不安に端を発していると考えられるので,不安に囚われないようにすれば自信が取り戻せると思います.そのためには,完璧主義を捨てることを考える必要があります.誰しも完璧な人は居ないので,自分がもし完璧にできなくても,そうそう世界から落伍してしまうことはないのだと信じるのです.自分と同じくらいの人だって沢山いるのだと分かっていれば,あまりみじめな気分にならずに済むでしょう.周りで立派な人々が活躍するような環境*1では,劣等感に苛まれるかもしれませんが,彼らとて完璧ではないはずです.自分を苦しめない程度の憧れが,最も人を幸せにすると思います.

書籍もまた人と同様に,完璧ではありえないはずです.本には無謬の威厳とでもいうべき佇まいがありますが,それも人が書いたものです.その証拠に,本には著者の名前が大書されているではありませんか.だから,ぶ厚いページをまとっていたとて,怯えなくて大丈夫です.本が本としてあるのは,それ自体に価値があるからではなく,それに書かれていることを皆が好んでいるからです.嗜好の問題だと思えば,本に気負うことはなくなるでしょう.紙に印刷されているのは,たまたまそうなっているのだと僕は思うことにします.

考えたことは以上です.考えていることを文字にしていけば考えが明瞭になるかと思い,なるだけ書き直しをせずに,慎重にフレーズにしていきました.書いているうちに不安が遠のいていくような思いがしました.今ならあの本と手をつないで,遊びにいけそうな気がする.

*1:今の職場がまさにそうです