Lambdaカクテル

京都在住Webエンジニアの日記です

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旧友と新年会した(エンジニアとして生きるという自己欺瞞、そして就活と過去の思い出)

新年の抱負はそのうち書くので(どうせ書かないだろう)、いまは僕が日常から絞り出した一つの思い出を書く。いま書かなければ忘れそうなきがするからだ。

去年のある日、旧友のひとりが京都を訪れていたことを知った。会いたかったがあいにく予定が合わずに会食は叶わなかった。どうにも仕事を外せない日だったのだ。たんに社会人という言葉で片付けられないようなノスタルジーをはらんだ出来事だった。また会おうね、という約束だけが残った。

僕には友達が少ない。あまり友達を作るのに向いていないのだろう。長続きした友達は片手に入るほどしか残らなかった。ややさみしい反面、友達が少なくてもむしろそのほうが大事な友達になるさ、という強がりを自らに言い聞かせて、大学を卒業した。

またある日の晩、僕は孤独と無力感に苦しんでいた。足を運ぶ全ての大地が僕を拒むように感じ、会う全ての人が乗り越えるべき障害に見えた。世界に捨てられたと確信して打ちひしがれた。

ここで心の展開があった。私は私だ。誰にも指図は受けない。誰が何と言おうと、心からは何一つ奪えないし、何一つ盗み見ることはできないと悟ったのだ。

「私はユニークな存在である」というアッタリマエの事実を、僕の心は驚きをもって迎えた。なぜなら、エンジニアは交換可能で、技術だけがその存在価値だと信じて疑わなかったからだ。もっと言えば、働く価値が人間の価値だと信じていたからだ。人文系学部を出た僕は、情報系学部を出ていないことから生じる危機感から、孤独信仰のようなものを抱えていた。一人で戦い、強くなれ。それはそれで正しいかもしれないが、それでも、人間の価値はお金を稼ぐ労働者としての価値にしかないのだろうか。

むろん、そんなことはない。就活の自己分析とやらは、自分の労働者としての価値を自分に値踏みさせる行為だ。無垢な若者は、自分にそれ以外の価値はないと思ってしまう。とくに、趣味でそのままソフトウェア開発者となった僕は、僕の価値はソフトウェアを書くことだけだ、と、自らレールを敷いて自分を値踏みしてしまった。愚かなことだ。僕は少し自分を大事にしようと思った。

自分を大事にすることを知った僕の心には、連絡を取っていない旧友の顔が一人一人浮かぶようになった。ソフトウェアの他にも、僕には大切な友達がいる事を思い出したからだ。絵だって描ける。文章も好きだ。本を読める。宇宙開発のうんちくだって喋れる。僕の世界に色が戻ってきた。

古い友達を大切にしようと思った。あとは行動あるのみだと思った僕は、まずその旧友に連絡を取った。年は開けて2017年の元旦の夜、高校の友人たちが帰省するタイミングに飛び込んだ。結果三人が僕のためにわざわざ来てくれた。四年近く何の連絡もなかった人が、また一堂に会しようとしている。涙が出るほど嬉しかった。幸せだと感じた。ネット万能の時代に顔を合わせるのがどれほど貴重なことか。僕は喜び勇んで店に予約の電話を入れた。

ばらばらな中学校から来た人間がある高校に集い、そしてまたばらばらな大学へと突き進んでいく。そのさきにもまたばらばらな就職がある。僕はその中で人とのかかわり方を忘れていたのかもしれない。今だけしか会わない人。そんな冷ややかなものの見方が、絆が叫ばれた世の中に微妙な違和感を覚えていた僕なりの、カッコつけだったのかもしれない。逆だ。多様を極め、ばらばらに生きて行かざるを得ないこの世界だからこそ、人々は精神の繋がりを希求して絆を訴えたのではなかろうか。あまりに僕はその世情に染まっていたために、絆を冷遇していたのかもしれない。

ある友達は就職していた。ある友達は医者になるべく努力している。ある友達は可能性を突き進んでいた。なんだろう、スクラムを組んで一緒に向かっていく気持ちになった。そこは就活を喧伝する大学とは程遠い、佐賀のとあるレストランの一角に陣取った、かつての同窓の四人が腰掛けるテーブルだからこそそう感じたのかもしれない。少なくともそこでは、僕は「僕/私」という主語で語らうことができるのだ。

あいつ今何してるかな……と帰りの電車で語りかけると、懐かしそうな顔をしていた。

過去にはいつでも戻れるんだね。

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