Lambdaカクテル

ソフトウェア開発者です.玉石混淆です.

日記

瞑想が個人的ブームで、寝る前にぼーっとやるようにした。無意識に沈み込んでしまった考えが浮いてきて、頭の中でくすぶっていたものが再確認できてくる。

自分の意見を持つこと

自分の意見を持てという世の中だけれど、どう持ったら良いのだろう。どのくらい持ったら良いのだろう。そんなことが頭に浮かんできた。

気になったことがあったら、それに対してどうすれば良いのだろう。見過ごせなくても自分ではどうしようもない事柄だってある。

その具体的な事柄ではなく、それについて考えるための思考の基盤が大事なのだろうか。

うーんわからなくなってきた。

そもそも気になっていることとは何なのか。関心を持ったこと。自分が興味を惹かれたこと。ネットで話題になって、ちょっとムカついたこと。腹が立ったこと。ネットの嫌な部分を見てしまった時の、このままで良いのかというような不安感と悲壮感、義憤。ひどい書き込みや誤解を招く書き込みが大手を振って歩いているのを見た時のせつなさ。自分にはどうにもできない。

どう意見を持てば良いんだ、と悩んでいるのは、ネガティヴな事柄についての事が多い。良い事に意見の目は向けられにくい。

まず気になることがあって、それへのネットの書き込みを見て、あーもうどうでも良いやという無力と忌避を感じて、世の中を見たくなくなる。

気になる事に対して最初に感じたプリミティブな疑問を大切にして、それに関する本を読んで誠実に答えを積んでいくのが良いやり方かも。

そして、ネットの情報は事前に絞ってから意見を見る。だらだら見ていると、何の役にも立たない「反応」を見る事になる。それは批評ではない。