Lambdaカクテル

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#女性映画が日本に来るとこうなる を見るにつけて

女性が主人公の映画が日本に配給されると広告の内容がなんでも花とか感動とか恋とかで書き換えられて、つまり換骨奪胎されて、意図を歪めてしまう(本来は戦う女性を描いた骨太な作品だったり、恋愛が本質ではなかったりする)、という話がツイッターで盛り上がっていた。

#女性映画が日本に来るとこうなる

そういう女性のイメージが、息を潜めつつ社会によって求められているのかな〜と思ったりした。歪めた広告になるのは、それが売れるからに決まっていて、何も考えずに歪めるほど配給会社はバカではないはずだから。(ああいった広告は誰がどう関わって最終的に映画館の壁に貼られるのだろう。)

真剣な作品は求められていないと読み取っても良いかもしれない。映画は所詮は娯楽という受け取られ方をしていて、それを邪魔する要素は見たくないという思いが基底にあるのかもしれない。もしくは映像作品として映画を見る考えがそもそもないのかもしれない。これは映画文化の問題で、配給会社と広告代理店は勘違いしたバカどもだなアハハで片付けるのはもったいない。

理由を考えてみたら、そもそも日本の映画チケットは高いようです。「日本 海外 映画 料金」とかでググると、日本は高すぎる、みたいな話で持ちきりになっている。 値段が高いとハズレを引きたくないお客が来なくなるので、とにかく客が来そうな安パイな広告が打たれる、と考えられそう。

じゃあなんで値段が高いかというと、値下げしてもそんなに客が増えない(価格弾力性が低い)からなのか、などと考えたりしました。