Lambdaカクテル

京都在住Webエンジニアの日記です

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「やはり」

自分で書いている日記に「やはり」という文字列がかなり頻繁に登場しているのが気になった。

僕は今年からアナログな日記を書くことにしていてそれなりにうまくいっている。今日も日記を書いていて、「やはり…」という一文を書いていた瞬間に気付いた。僕は「やはり」という言葉を多用している。

別に多用すること自体はどうでもよいのだけれど、自己を省みる日記でこれを多用しているということは、「やはり」と思った事がたくさんあったということで、「やはり」と沢山思うような状況というものをよく考えてみると、あまり良くない状況のような気がしたのである。

「やはり」というのは過去を振り返る言葉で、予想が現実のものとなった時に使われる。それって、ある事柄を過去に予見しておきながら、それを解決していないということだ。それは魂の怠惰めいている。「やはりこうしなければならないのだな…」と反省しているときにはすでに、反省を現実に生かしていないということなのだ。

逃げ口上として日記を使うのは僕の主義に反している。むろん日記には何を書いてもよいし、実際僕は何でも書くのだが、しかし日記に書いたからといってその物事を全て放り出してよいという免罪符は得られないはずだ。反省は生かしてこそ意味があるし、日記はそのための道具にすぎない。内省を行動で示した者が誰よりも偉く尊いのだ。

僕はココナッツサブレが好きで、6月になってお金が入ったので奮発して2つも買ってきた。行動で示したので、ココナッツサブレを食べる僕は実際偉くて尊い。

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