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Lambdaカクテル

ソフトウェア開発者です.玉石混淆です.

スマホで知性が風邪をひく話

先程、こんな記事をPressoで(宣伝乙)読んだ。

名言「人間の問題はすべて、部屋で1人静かに座っていられないことに由来する」を脳科学的に分析 | ライフハッカー[日本版]

正直なところ、かなり危機感を覚えた。自分が今まで従ってきた癖のようなものを真っ向から否定し、しかも自分の問題まで指摘した重い記事だった。

どうやら人間にとっては、「自分の内面」のほうが、「ほかの人」よりも忌み嫌うべき対象であるようです。誰も彼も、いつも何かに没頭し、楽しんでいなければならないかのように見えます。「Netflix」でエンターテインメントを楽しんだり携帯電話をいじったりする時間つぶしから、いつも何かを「やって」いなければならないという不自然とも言える思い込みまで、実にさまざまです。生産性を上げ、人付き合いを良くし、忙しくしていなくてはならない! というわけです。まるでそれが、人生のすべてを決定づけるかのように。

実際自分は「何かをしなくては」という焦りのようなものにさいなまれながら大学生活を過ごしていて、常に気が休まらなかった。読書をしても途中で落ち着かなくなって席を立ってしまったり自分の考えがまとまらなかったりした。思考は飛び飛びで、猫の事を考えていた矢先にScalaのイミュータブルな繰り返し構造の事を考えていたりした。じっと座って内省するという人間らしい行為を僕は奪われていた。スマホがひたすら流す情報やインターネットのどうでもいい情報に支配されていた。初めてスマホを穢らわしい視線で見た。それほど、スマホを支配できるか支配されるかは持ち主の精神的力量にかかっているらしい。僕はしばらくよく自分と向き合ってみたいと思う。

集中できない悪影響はプログラミングにも現われていた。ペアプロしているid:mactkgの発言の意図を汲み取れなかったり、メンターとしてレビューをしていただいているid:hitode909の説明の意味が理解できずにぼうっとしていたりした。とても申し訳ないと思う。自分の知的機動力は自分でエネルギーキープせねばと反省した。風邪などをひくと「体調管理」の大事さを痛感したりするが、ことに「精神管理」というものがあってもいいのではないかと感じる多忙な今日このごろ。掌に収まる大きさのデバイスから莫大な情報が流れ出す時代だからこそ、特に気をつけたい。京都には秋の風がちょっとずつ吹き始めている。身体と知性の風邪に御用心。では。