Lambdaカクテル

ソフトウェア開発者です.玉石混淆です.

USBフラッシュメモリは本当に必要ですか?

USBフラッシュメモリ。巷では単にUSBと呼称され、それが気に入らないgeekも居る有様。

僕はなんだかこいつが可搬性の記憶媒体として中途半端な存在であるという思いを拭い切れない。

まず、USBポートに直接突き刺すスタイルが気に食わない。下品だ。
MOやCD、DVDなどの媒体は、コンピュータの中に収納される。美しい。
USBはUSBフラッシュメモリのためだけの端子ではない*1
USBフラッシュメモリはその柔軟な汎用性を汚すものだ。たかだかリムーバブルストレージにわざわざUSB端子を利用する必要性があるのだろうか?*2

次に、形が異様だ。中途半端に細長く中途半端に平たい棒状。美しさのかけらもないし、「これは情報を記録している媒体である」というメッセージが聞こえて来ない。メーカー製品のデザインも下品の極みだ。
実用的でもなければデザインを重視しているわけでもなく、微妙な形をしている。CDの類はレコードを想起させる。ある程度の面積があるから記録というイメージがわく。それに最近のUSBフラッシュメモリは小さくなりすぎている。小さくなるのは構わないのだが、それが人間が取り扱える限界を超えている。

さらに、記憶容量が大きすぎる。時代は恐ろしいことに、平気で16GiBのUSBフラッシュメモリを生み出すに至った。僕が持っているSONYの1GiBのそれは、買った当時は1万円近くした覚えがある*3。この容量を全て無駄なく使い切る人がPCユーザの中、どれだけいるだろうか。しかし大は小を兼ねるというやつで、図に乗ったユーザがなんでもかんでもこれにデータを詰め込むもんだから、しまいには重要なデータを紛失したりする。そもそも、フラッシュメモリのデータの耐久性はさほど大きくない(GIGAZINE)のだ。

問題はまだある。USBフラッシュメモリはデータの流動性を阻害している。
なまじ容易にデータの受け渡しができるがために、部署や人との間のデータのやりとりにコレが使われる。はるかに高速なLANやインターネット回線がある*4にもかかわらず、スニーカーネットワークという最高に低速な回線を未だに使わされている人々は数多い。それだけのためにUSBフラッシュメモリを買うとしたら、経済的損失は甚大なものとなるだろう。

人と人の間ではなく、自分が別々のコンピュータを利用する時のブリーフケースとしてこれを利用している場合もある。なんのことはない。世界は進化し、クラウドというものを生み出している。これによってUSBフラッシュメモリの費用、数グラム分の熱量を節約する事ができ*5、紛失のリスクを回避することができる。

とにかく、こいつは絶妙に紛失しやすいのだ。

これらの理由から、僕はUSBフラッシュメモリを糾弾するとともに、よりよいUSBフラッシュメモリの使い方の模索に努める所存である。もみもみ。

*1:こんな事を言った総理がいたような気がする。

*2:意味不明なふうにみえるが、意味は汲んでほしい

*3:ひがんでるわけじゃないよ

*4:それほど大きくないデータならメールに添付すればよい

*5:結果的に夕食の費用が節約できる