Lambdaカクテル

ソフトウェア開発者です.玉石混淆です.

夜更かしと僕のばあちゃん

僕はどうやら夜型人間のようだ。
たとえ早く寝る努力をしたとしても、大抵長々と起き続けてあっという間に一時越えだ。
おかげで翌朝辛かったり、ひどいときには起きられず困る事になる。
そのたびほぞを噛む思いで、昔はこんなんじゃなかったのに、と思う。

小学校の頃、九時になると大抵ばあちゃんが僕を布団に呼び、寝る事になっていた。僕は根っからのおばあちゃんっ子だった。
ところが成長期の有り余る活力が黙ってなくて、眠れない。
しかも腹が減る。
仕方が無いから夜食をたまに食べていたものの、十一時にもなると早く寝ろと叱られたものだ。

数年して僕は中学校に上がり、そしてそれから二度目の夏に僕は塾に通う事になった。
当初は八時ごろには家に帰って、ばあちゃんの顔も見れたしテレビも見れたし、ゲームもできたのだが、僕が三年生になった辺りからはそうはいかなくなった。帰りが十時を回ることは当たり前になり、受験のプレッシャーもあいまって、意識こそしないもののどこかピリピリしていた。
ばあちゃんとは顔を合わせることがほぼなくなった。そしてこの頃から、夜更かしも同時に常態化していた。

そしてその歳の三月、ばあちゃんが脳内出血で亡くなった。あっという間だった。
僕にとって、本来は重大すぎる事件だったにも拘らず、過密な受験対策に巻き込まれていた僕の心に、家族の死を受け入れる余裕など無かった。

ばあちゃんは百姓の生まれである。ニワトリを飼い、馬の世話をして暮らしていた。
戦後の壮絶な時期を、たくましく生きた女だった。
大工のじいちゃんとは見合いで結婚し、老人ホームで老人の世話をしながら、婦人会の仕事をこなしていた。
おそらく彼女の世話好きはこの経験によるものなのかもしれないし、天性の世話好きが彼女をそのような仕事に就けたのかもしれない。
ほどなくして親父と叔母が産まれた。
親父もじいちゃんの下で大工仕事を少しこなしていたようだ。
隙間風の吹き込み雪の降る借家のボロ小屋に家族は当時住んでいて、大きな借金して買った土地にじいちゃんと親父は新たな家を建て、新たな暮らしを始めた。
親父は会社員になり、ばあちゃんは仕事から引き上げ、じいちゃんも大工をやめた*1
で、親父はいろいろあって結婚して俺と弟が産まれた。

共働きだったから、ばあちゃんとじいちゃんは俺たちの世話をよく焼いてくれた。
家に帰れば塩辛いオニギリを握ってくれて、頼んでないのに大量の菓子を買ってきて、一度うまいといったらそればかりよこすし、親と喧嘩すれば、いつも、必ず俺たちの味方についてくれた。
暇さえあれば金を出して、遊びに行って来いなんて言うし、風邪を引けばつきっきりで看病してくれた。

とにかく今思えば俺たちは幸せだった。あまりにも。
ばあちゃんが倒れる数日前も、些細な事で親と仲違いしていて、馬鹿で厚顔無恥な中学生の戯言に付き合ってもらっていた。そして、最後の会話が思い出せない。

のちに葬式が始まっても、僕は殆ど泣かなかった。
しかし、弔辞を読み上げる親父が咽びながら言葉に詰まり、普段あまり怒ったりしない性格のじいちゃんが棺桶にすがって慟哭しているのを見た僕は、次の瞬間タガが外れたように泣いていた。
五年以上にわたって流れることの無かった、強烈な悲しみの涙だった。

受験にまつわる様々なストレスと、あれこれと世話を焼いてくれたばあちゃんの死は、あまりにもひとりの中学生には重すぎた。
疲弊しきった僕は、再び夜更かしを始めた。昔のように体力が余っていたわけではない。
失った心の一部を、なんとかネットで埋め合わせしようとしていたのだろう。ただ、慰めが欲しくて、やりきれなくて、貪るようにネット、ネット、ネットだった。

学年首位で卒業した僕は無事、高校入試を成功させ、高校生活に突入した。

高校の勉強は段違いに多かったので、当然夜更かししたり徹夜する事もあった。
僕を布団へと呼ぶ声の主は、もういない。
ただひたすら夜更かしをした。僕は勉強から逃げ出し始めた。
当然に急に成績は下がり、僕はまた塾を見つけて通い出した。

辛いことがあったとき、人は夜更かしをするのではないだろうか。
ふられたとき。身近な人が死んだとき。人に裏切られたとき。
そんな中に僕は居た。
文系に進んだ僕は*2、ひたすら勉強に漬けられて、その分夜更かしして、成績を下げた。
最終的に僕はセンターで失敗し、私大に全て落ち、後期募集で今の大学に転がり込んだ。
浪人するよりましだと、周りの大人が口々に僕に言ったが、まあまあの大学に現役で入るのと、行きたい大学に二浪ぐらいして入るのとでは、どちらが勝ち組なんだろう、虚しいじゃないかと考え込んでいた。

で、僕は私大の受験対策をしながら大学生活を営んでいる。当然夜更かしする事になり、今もまたこのブログを書くために夜更かしをしている。

ばあちゃんがこんな事を言っていた。
「いくら借金重ねても、本気で働きゃあなんとかなるし、なんとかしてきた。必要だったらいくらでも借りろ。必要な時に必要なのが金だから」
対して母は、借金はするな、借金は人を不幸にする、とよく言っていた。

一浪の借金と、その対価。
輝くはずの大学生活に、複雑な引け目を感じながら、僕は生きている。

*1:じいちゃんの骨密度は30歳のそれと同じである。じいちゃんやばい。

*2:理系だったらもっとしんどかっただろう